胡蝶の夢(こちょうのゆめ) 夢の中の自分が現実か現実の方が夢なのか 無為自然 自然の流れのままに生きる
この世は仮想現実の可能性は低いですね
イーロン・マスクとか
科学者でもこの世は仮想現実と言いますが・・・
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胡蝶の夢(こちょうのゆめ)は
中国の戦国時代の宋の蒙(現在の河南省商丘市民権県)
生まれの思想家の荘子(荘周)による
夢の中の自分が現実か現実の方が夢なのかといった説話である。
荘子の考えが顕著に表れている説話として
またその代表作として一般的にもよく知られている。
夢の中で胡蝶(蝶のこと)としてひらひらと飛んでいた所
目が覚めたが
はたして自分は蝶になった夢をみていたのか
それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか
という説話である。
この説話は
「無為自然」
「一切斉同」
の荘子の考え方がよく現れているものとして有名である。
「無為自然」を荘子の言葉でいえば「逍遥遊」
となり、それは目的意識に縛られない自由な境地のことであり
その境地に達すれば自然と融和して自由な生き方ができると荘子は説く。
ここでは夢と現実との対立が提出されており
どちらが真実の姿か、それは問題ではなく
胡蝶であるときは栩栩然として胡蝶になり
荘周であるときは荘周となっている。
そのいずれも真実であり、己であることに変わりはなく
どちらが真の世界であるかを論ずるよりも
いずれをも肯定して受け容れ、それぞれの場で
満足して生きればよいのである。
「夢が現実か、現実が夢なのか?
しかし、そんなことはどちらでもよいことだ」
と荘子は言っているのだ。
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朝三暮四
猿回しが『朝は3つで夜は4つだ』と猿に団栗を与えようとしたが、猿はこれに怒った。
『では朝は4つで夜は3つだ』というと猿は喜んだ、という説話である。
結局は1日7個の団栗を食べているということで、どちらも同じで
相対するものを考える人間も同じようなものだと荘子は説く。
「吾が生や涯てありて、知や涯てなし」
人の一生に限りがあるのに、知にはその限りがない。
限りのあるものの中で限りないものを追いかけても
ただ疲れるだけだ、ということを説く。
「大知は閑閑たり、小知は間間たり」
立派な知恵は悠々としているが、つまらない知恵に惑わされる人間
はせこせこしている、ということである。
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