死 それは死ぬ本人とその周囲の二つの人 |忍者猫 ブログ

死 それは死ぬ本人とその周囲の二つの人  

死は
二の面がある

それは死ぬ本人とその周囲の二つの人
 
生死というのはよく述べられているが並列可能かどうかすっきりしない

とすれば本人にとっては死に方も生き方も区別はないわけで

要するに今生きている以外の状態はない


死んだ後はそれをどう見るかと言う他人の問題である

それは私の知ったことではない

死は周囲の人から見れば確かに存在する

殺人などはその典型である

実は死というのは他人事である

死んではいけんが証明できない以上自分の死については論じようがない

こう言っては身も蓋もないからもう少し色をつけるしかないであろう


死んだ人間が語るというのは文学でも一種の伝統的手法である

では今私が死んだとして皆さんに何を語りかければ良いのか

そう思ってみるとあまりいいたいこともない

死んでしまった自分のことを考えてみれば

人にあれこれ言われても勝手に言わせておけば良いし

他人に気を使う必要もない

親のボケにも気を使う必要がない

税金も払う必要がないし


自宅が自分の物がどうなろうと知ったことではない


本人にとって本人の死など実はないも同然である


死を身近に見ている介護の人間にとっては

正直なところ私は人とはこんなものだと思っている


寿命を宣告して寂しい現代人を孤独に陥れることはない

死ぬまでは生きているのだから生き方を考えるしかない

人は死ぬのは当たり前でそれは仕方がない








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