赤とんぼ 童謡 年をとると童謡が切ない 良い歌だと思います|忍者猫 ブログ

赤とんぼ 童謡 年をとると童謡が切ない 良い歌だと思います

赤とんぼ 童謡 年をとると童謡が切ない 良い歌だと思います


年をとると童謡が心に響きますね

朧月夜なんか好きですねー


姉やへの恋心などもなんとなくあり

切ないですね

たまに風呂で童謡歌いますw

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『赤とんぼ』の歌詞は、作詞者・三木露風の故郷である
兵庫県揖保郡龍野町(現:たつの市)で過ごした
幼少期の情景に基づいている。


三木露風が 5 歳の時に両親が離婚。
母親とは生き別れとなり、祖父の元で子守り奉公の女中(姐や)

に面倒を見てもらっていた。


女中の姐や(お姉さん)に背負われて

「夕焼小焼の 赤とんぼ」を見た幼い頃。

その姐やもやがてお嫁
に行き、姐やからの手紙(便り)も
送られてこなくなってしまった。


詞の第一節の「おわれてみたのは」を漢字で書けば
「追われてみたのは」ではなく

「負われて見たのは」であり
姐やの背中におんぶされて肩越しに見た夕焼け
という意味です。


姐やといっても 15 歳で嫁に行ったのですから
当時の農家は赤貧のため口べらしもあっての子守り奉公で

しばらくして嫁いでいったわけですが
嫁入り先の農業労働力としての意味もあり
その後の姐やも働きづめの
一生を送ったのでしょうね。


また、「お里の便りも絶えはてた」の意味は

姐やが嫁に行ってからは彼女の便りがなくなった
と解釈する人もいますが


私の推薦する解釈では、お母さんは離婚し
実家に出戻っているのですが

実のお母さんが実家の近くの娘を子守り奉公
に出すように図ることにより

彼は姐やからお母さんの便りを聞くことが出来たのですが
姐やも嫁に行くことになって、もうお母さんの
消息も聞くことが出来なくなったという意味だと思いま
す。




歌詞:『赤とんぼ』
夕焼小焼の 赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か

山の畑の 桑の実を
小籠(こかご)に摘んだは まぼろしか

十五で姐や(ねえや)は 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた

夕焼小焼の 赤とんぼ
とまっているよ 竿の先


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