安倍元首相 死亡 テロ行為  宗教について|忍者猫 ブログ

安倍元首相 死亡 テロ行為  宗教について


安倍元首相 死亡 テロ行為  宗教について



カルト教団は初期は強引な布教勧誘、資金集め
過激な思想を唱える。そこに益があるから


しかしある程度大きくなると、イメージダウンや
摘発のリスクの方が大きくなるので、急に当たり障りのない宗教になる。


この段階で一番邪魔になるのは昔の意識のままの指導者で、幹部は指導者を隠し始める。

麻原と上祐とかもそうですね。

創価学会は2世、3世で安定して信者がいるから
昔ほどカルトではなくなり

聖教新聞に4コマ漫画がのるくらいには
マイルドだが、それを攻撃し続けている顕正会は
まだ穏健期に移行できてないのでメジャーでないとわかる。

テロルが社会を揺るがすのではない。
社会はそんなに脆弱ではなく、日常性の波はすべて飲み込んで
一週間後には人の関心は芸能ニュースに戻る。

「テロリストの思想に耳を貸してはいけない」
という人が恐れるのは、自分の存在基盤の揺らぎだ。


武術家はそもそも「殺」がある前提で
自分を殺しに来た相手の思想と立場も尊重するし

なんなら襟元に命金を縫い込んでおいて
自分を殺した相手に埋葬を依頼するのが
普通の世界観だからね。





ここまで言ったらもう言っちゃうけど、何で他の庶民が殺されても
騒がず、犯人の心情や、動機も鑑みて、民主的な裁判
をしましょう、という程度の


「良識」がある人間でも、今回に限って犯人の
思想心情に耳を貸してはならない、と言うのか?



武術的観点を外しても、テロは絶対悪で犯人の思想や背景
動機に耳を貸すべきではない、というような
論説も、まともじゃないよ。


じゃあ裁判なし、弁護士抜きでみんなで火刑に処すのが近代国家ですかって。

なんでだと思います?



「選挙期間に元総理が暗殺された」という認識には個人としての死や
それを悼む気持ちもない。人間・安倍晋三ではなく「記号」でしかない。


赤子が虐待死することには騒がず、記号的事件には
自分の所属する世界の根幹が揺さぶられたと大騒ぎする。

その根底には卑しさがある。



ほんとに善良な、一人の人間の死を悼むツイートも何個か見られた。
それはとても尊い。

しかし、人が死んだ時に社会のシステムが〜
こういう事件が起きると日本の観光的価値が〜とか
なんなんだお前らは。


言うと炎上すっから言わないつもりだったが
そもそも倒幕して、大日本帝国を建てたのも
原爆投下で日本国になったのも


全て暴力のたまもので



現政府、現・国家体制は暴力で樹立したものでしょうに
あらゆる暴力を反対します、じゃあないんだよ。


既に日本というシステムに所属している時点で
あらゆる暴力の結果生まれた仕組みの恩恵を
受けているのだし


それに蓋を被せて無かったことにしてきたのなら
次に打倒される側になった時は受け入れるしかないでしょう。



それは、一命を賭して一人一殺で刺し違える人がいたなら
「徴兵制反対」「若者を戦場に送るな」「憲法を守れ」


とかが本気ではなくゴッコだったと認めることになるからです。


本当に日本が戦争に向かい、若者が何万と戦死する未来を
危惧するなら、犯人のような人はもっと居るはずだった。





関連記事
| このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 ニュースブログ トレンドニュースへ


Copyright © 忍者猫 ブログ All Rights Reserved.
テキストや画像等すべての転載転用販売を固く禁じます