「人の悩みの全ての原因はお金の問題もしくは人間関係の問題に集約される。」という言葉があります。|忍者猫 ブログ

「人の悩みの全ての原因はお金の問題もしくは人間関係の問題に集約される。」という言葉があります。

「人の悩みの全ての原因はお金の問題もしくは人間関係の問題に集約される。」という言葉があります。

いつも人間関係で疲れきってしまう人は「全員に好かれることに執着してる」という共通点があります。自分の評判や自分がどう思われてるかに執着すると、普通に座ってるだけでも疲弊してしまう。想像の100倍ぐらい人は自分のことを見てないもの。良い意味で人に無関心になるとすごく楽になる。


「人の悩みの全ての原因はお金の問題もしくは人間関係の問題に集約される。」という言葉があります。

これは本当にその通りでして、恋人との関係であっても、友人との関係であっても、職場の人との関係であっても、趣味仲間との関係であっても、親子関係であっても、兄弟との関係であっても、それら全てが「人間関係」ですので悩みの原因って多くの場合人間関係に集約できるんですね。



また、「お金の問題」ですらも究極、人間関係の問題なんですよね。



例えば「借金に困っている」という人の悩みの本質って「借金を返せないと連帯保証をしてもらっている親族との関係が崩壊してしまう」だとか、「借金取りが取り立てにきて大切な子供が怯える」だとか、「夜逃げせざるを得なくなって一家離散の危機に陥る」だとか、「ご近所さんにどんな噂が広まるか分かったもんじゃない」だとか、「従業員に支払うはずの給料が手元にない」だとかそういった「人間関係」の問題なわけです。



そう考えてみると、「世の中の悩みは全てお金の問題もしくは人間関係の悩みに集約される」どころか「世の中の悩みは全て人間関係の問題の悩みに集約される。」って言っちゃっても過言ではないんですね。



あらゆる悩みの根本は人間関係にあるわけでして、人間関係の悩みから全くの無縁でいられるのは山奥の孤独な仙人だとか、出家して悟りを開いている僧侶ぐらいしかいないわけです。

否、山奥の孤独な仙人だって「アマゾンで注文した本棚が届かない」だとか「定期便で購入している野菜に虫が入っていた」だとか、突き詰めれば人間関係の悩みを抱えるかもしれません。

出家している僧侶だって、「同僚の坊さんが頑固者で困る」だとか「長老が考えている今後のビジョンに共感できなくて頭を抱えてる」ということがあるかもしれません。




ましてや我々、「普通に暮らしている人たち」は1日に何十回も何百回も人間関係のことに気を配っているわけです。意識的であれ、無意識的であれ。そして人間関係に悩みを抱いているわけです。







ではどうすればいいのか、ではどうすれば私たちの最大の悩みである「人間関係の悩み」をうまく処理することができるのでしょうか。



一番簡単なのは「人間関係の断捨離」です。

自分が「好きだと思う人」は大切にしそばに置いておく一方で「無理な人」「嫌いな人」を徹底的にバサバサ切っていく方法ですね。非常にシンプルでこれ以上解説が必要ないくらいです。

単純明快に「大切な人フォルダ」と「無理な人フォルダ」を用意しておき、「こっちの人は大切フォルダ、この人は無理フォルダ」と、ガンガン仕訳けていくのですね。





ただ、一見明快でこれ以上ないくらいの解決策に見えるこの「人間関係の断捨離」ですが読者の9割が「それちょっと無理あるんとちゃうか」と思うと思うんです。



普通に社会で働いている以上、会社での人との関係が当然あります。上司が嫌いだからと言ってバサッと切ることはできませんし、部下が生理的に無理だからと言って一切付き合わないとかはできないでしょう。生活のためにお給料をもらって働いている以上、そこには義務というものが発生します。



また、家族との関係だってどんなに嫌いでも決して「断捨離」することはできないでしょう。

いくら母親とウマが合わないからって日本では「絶縁」という選択はあまり現実的ではありません。いくら父親がウザイからって切り捨てるわけには中々いきません。いくら兄弟と仲が悪くても兄弟は兄弟ですよね。



多くの人が人間関係に悩むのってその相手と「付き合っていかなければいけないから」というのも大きいと思うんですね。ではどうすれば良いのか。







ポイントは「自分軸で相手との適切な距離を決め、それを実行していく」ということだと思います。



ここでも大切なのは自分軸という概念になってきます。

自分軸とは「自分はどうしたいのか」「自分はどうありたいのか」「自分はどうなっていたいのか」「自分の気持ちはなんなのか」「自分の意見はどうなのか」ということを徹底的に自分に問いかけていき、それに沿うように動いていくことでした。







人間関係でも自分軸ってすごくとっても重要です。



多くの人が自分軸で人間関係を捉えていくのを苦手としていると思います。

特に真面目な人、人を大切にしたいと思っている優しい人、気が利く人、ついつい相手の気持ちを考えてしまう人、調和を重んじる人は思わず「他人軸」になりがちだと思います。



「こう言ったら相手は傷ついてしまうのではないか」

「こういう行動をしたら変に思われてしまうのではないか」

「場を乱すべきではないのではないか」

「自分が我慢するべきじゃないか」



こんな風に、相手ありきの行動や発言をしがちなのですね。





また、先ほど話題にあげたような「極端に人間関係の断捨離をしたがる人」もその実、他人軸であることが多いです。

堂々と人間関係を切り捨てているように見えて、単に自他の境界の区別を苦手としていて「逆の極端」に走ってしまっている場合が多いのですね。人と親密になるのを恐れてその相手を遠ざけてしまう心理とは少し違うのですが、よく似ています。

相手との適切な距離感が分からずバサバサと人を切り捨てていってしまう傾向もまた、人に振り回されているという意味では他人軸なんです。





相手ありきで相手の顔色を伺いながら行動するのではなく、極端に相手を切り捨ててしまうのでもなく、「自分なりの距離感でそれぞれの人と付き合っていく」と自分軸にコミットしていくことによって人間関係は少し楽になります。

自分の「快」「不快」に素直に耳を傾けると言ってもいいかもしれません。





接してて心地の良い相手にはそのままナチュラルに接してもらって、接してて居心地の悪い相手は切り捨てたり我慢して愛想よくニコニコするのではなく「心のシャッター」をスッと閉じてしまうイメージですね。

もちろん無視したり非常識な態度をとったりするのではなく、最低限の礼節はわきまえたまま、むしろ礼節を崩さず(礼節というのはそもそも、親しくない相手や親しくなりたくない相手と一線を保つためにあるものです)、ドライに接していくのが良いでしょう。

どんなに相手から馴れ馴れしくされても、相手からタメ口をきかれても、こちらは断固として丁寧かつドライに接するのが良いですね。





「この相手は好きじゃないからこの距離感で接する」

「なんとなく嫌いだからめちゃくちゃ丁寧に接してこれ以上心のパーソナルスペースに踏み込ませないようにする」

そんなコミットをすることが即ち、自分軸で人間関係を築くということの一つの案です。

「嫌いな相手には礼儀正しくドライに」を心がけていくと人間関係のストレスはだいぶ緩和されていくかと思います。









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