【道端で倒れていた女の子】 ヒーリングの師匠の話ですが  日本人ってすごく冷たい 外国は宗教があるせいか人間は優しいです|忍者猫 ブログ

【道端で倒れていた女の子】 ヒーリングの師匠の話ですが  日本人ってすごく冷たい 外国は宗教があるせいか人間は優しいです

【道端で倒れていた女の子】 ヒーリングの師匠の話ですが  日本人ってすごく冷たい 外国は宗教があるせいか人間は優しいです



道端で倒れている人を、ほとんどの日本人が
見向きもせず無視して通り過ぎるのは、おそらく他の国では
ほとんど見られない傾向です。

路上生活者が乞食をできない国も、日本以外には思い当たりません。

昨日の夕方に、ネットカフェに向かっていた時のことでした。

ススキノの商店街の少し手前に大きなホテルがあり
その前の道端で若い女の子がうつ伏せの状態で倒れていました。

全く身動きひとつしないので、どうやら酔っ払って
倒れているではなく、急に具合が悪くなって道端で
倒れてしまったような様子でした。

直ぐそばに若い男の子が立っていて、どうやら2人
は恋人同士の関係みたいでした。

多くの通行人がいたのに、誰もが足を止めて話しかけたりせずに
通り過ぎていました。

僕は気になったので、少し離れた位置から何分間も様子を伺っていました。

まもなく男の子がスマホで救急車を呼んだらしく
倒れている女の子の様子を電話で報告していました。

男の子は、僕に向かって、すみません大丈夫です
という仕草をしたのですが、気になるので更にしばらく様子を見ていました。


付き添っている男の子にしたら、救急車の到着を待つしかない状態で
僕の方もいきなりヒーリングなど始めても怪しまれるので
様子を伺うだけにしたのですが


沢山の人通りがあるのに、振り返る人は多くても
誰も立ち止まって声を掛ける様子もないのです。


5分ほどして、中年の三人組の女性が、立っている男の子
に声を掛けて、心配そうに女の子の様子を伺うようになりました。


しばらく、その様子を確認してから、僕は、ようやく
その場を立ち去ることにしました。

こんな状況に直面した時に思い出すのは
マレーシアやタイのコンドミニアムに滞在していた時のことです。


マレーシアのクアラルンプール中心部の有名な
ツインタワー内を散策していた時に、中年の男性が
モールの通路で倒れていたことがありました。

その時のことは、今でも脳裏に焼き付いているので
すが、僕がその場を通り掛かった際には、倒れた男性
の周囲に何十人もの人だかりができていて


みんな心配そうに様子をじっと観ていていて
大多数の人たちは、その場を動く気配すらなかったのです。


誰かが通報して救急車を呼んで、何十人もの通り掛かりの人たちが
その場に立ち尽くして救急車が到着するのを
待っているような感じでした。

似たような状況は、東南アジア諸国を旅していた時に
何度か目撃したことがありました。


インドでも、誰かが倒れていていたら
人垣ができるのは普通のことでした。


インドでは、ラバが苦しそうな様子で倒れて寝込んでしまった
場面に遭遇した時なども、多くのインド人が心配そうに
周囲を取り囲んで、10分〜20分ほど様子を伺っていたことがありました。


どちらにしても、日本では全く見かけない光景です。


なぜ日本はこんな国になってしまったのか?


これは、僕が学生時代から一貫して疑問に感じていたことでした。


その答えについて、自分なりには分かることがあります。


でも、それは同時に言語化するのが難しいことで
どう説明して良いものか迷ってしまうことなのです。

しかし、確実に言えることがあります。


それは、容易に言語化できない感覚を共有
するための対話が重要だということです。


いわゆる知識人や言論人の大多数は、巧みなトークで
日本社会の問題点を指摘するのが得意だったりします。


でも、一般の日本人が簡単に言語化できない領域の話題について
何とか限られた言葉で対話を試みることで
そこで初めて生まれてくる共通認識

というのがあり、僕は本当に大切なのは、それだと思うのです。


簡単に言語化してしまうと、非常に見失われてしまいやすい感覚があり
その感覚が日本人的な習性に関係していて

そこにある気付きにくい無意識下の問題も含めて
何か日本人の行動様式を決定づけているのだと思うのです。


まずは本音をぶつけ合える信頼関係の中で、異なった考え方の
人々が、徹底して意見を交換し合える場がないと

何かこうした問題についてブレイクが起こることはないのだと僕は思ってきました。


その際に、上手く言葉にできない何かを大切にする姿勢が重要なのです。


本当に大切なことは、言語化しにくく上手く
言葉で表現できない何かであることが多いと思うからです。


それをうまく言語化できた人だけが
その場を収めてしまうのでは、おそらく何か
大切な問題が見失われるのです。

これは、日本社会に特徴的な傾向で
他の国々とは何か違う点なのだと思います。

道端で倒れている人を、ほとんどの日本人が
見向きもせず無視して通り過ぎるのは、おそらく他の国では
ほとんど見られない傾向です。

路上生活者が乞食をできない国も、日本以外には思い当たりません。


なぜ人間関係が、ここまで疎遠になってしまうのか
その謎を解く作業は、僕は大袈裟に言えば
日本再生の道に繋がる洞察になると思っています。


僕は、どんなに怒り狂っても、言葉による暴力も含めて
誰かに対して暴力的に振る舞ったことは
子供時代に弟と喧嘩した時ぐらいしが無いのですが


学生時代の時には、原発反対の想いが強烈に昂まって
自ら原発反対の原稿を書きビラにして、大学の正門前で
一人で配ったことが何度もありました。

そんな様子を見てい左翼系の学生、とりわけ共産党系の
学生からは、僕は奇異の目で見られ、危険人物視されていました。


僕みたいに何のグループにも属せず、自分の独自な判断で
原発反対のビラを撒き、積極的に市民団体のデモにも
参加していた学生は、大学内には他に誰もいませんでした。


僕の行動は極端だったとは思うのですが
誰かが勇気ある一歩を踏み出さないと
この社会は何も変わらないと思うのです。


その頃の僕は、上手く言葉にならない想いがあり
そんな想いを大切にしていました。

この微妙な感覚や感情の機微を伝えるのは難しいのですが
その当時の自分が感じていた世界は


何かしら大多数の日本人の心の深層にも関連することでもあり

同時に大多数の日本人が直視するのを避けている何かだった筈なのです。




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