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意拳 王薌齋先生から感じることについて書きます

意拳 王薌齋先生から感じることについて書きます


站樁だけをやっていても王薌齋にはなれない
そういう教え方をしたのは王薌齋というのは本当なのでしょうかね?

北京系の意拳
大気拳
韓氏意拳

など色々なものがありますが
全て素晴らしいと思います


最近白鶴拳
の秘伝

が自分が最初に得た秘伝とほぼ同じだと感じて
自分の鈍さに呆れています

_____________


于永年先生が書いたとされる『于永年老先生回憶王薌齋拳学生活』
によると以下のような記述があります。


「王薌齋先生は若い頃、站樁の練功に多大な努力を注ぎ
一つの樁法に7年から8年も費やした。


しかし、一部の人々は70日、あるいは7日さえ耐えられず
人々から忘れられることを恐れ、日々が賑やかでないことを恐れる。

7日もたたないうちに、誰が自分のことを思っているかを探る。
真の拳術家にとって、賑やかさは時に拍手喝采やお世辞に過ぎず

拳を練習する人にとって有害である。」


とあり、別の箇所では「寂しさを恐れないことが必要である」
と断言しています。


自分もこの通りだと思っていて、周りの人を気にして孤独を埋めるようなら
その境地に行かないのかなと思ったりはします。


あまり外に出ていなかったため、青年の時に練習しているときは
自分の強さについてはほとんど知らなかったというエピソードも残っています。


また、王薌齋先生は


「昔の人は功夫があった。今の人は功夫がないが、私は少しだけ功夫を知っている」
と言われていて、あれだけ強くても昔の人には及ばないと正直に語っています。


そのため、強すぎて虚しいとかは思わなかったのではと思います。


ただ、晩年は養生の研究が主で技撃についてはあまり語らなくなり
妻に先立たれてからは寂しそうだったと弟子があちこちで書いていたりはします。


強すぎて虚しいとか孤独ということはなさそうですが
弟子を取った後にその弟子が周りからいなくなると
結構寂しそうにしているのは、なんとなく人間らしいなと思います。


弟子の趙道新先生も晩年は一人で介護されていて
周りには誰もいなかったと言われており
個人的に孤独な晩年だなと感じる先生は何人かいます。


一方で、澤井先生や姚宗勲先生とかは、最後の間近まで弟子と関わっており
孤独さをあまり感じない最後でしたね。


李書文先生も晩年は若干怖い感じで、もしかしたら孤独だったのかもしれませんが
それまでは弟子を取ったりしているので、それなりに人付き合いはあった気はします。



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